豚骨ラーメンを満喫してキャナルシティを出ると、ビルに切り取られた空の隙間から飛行機のエンジン音が聞こえてきた。

「先輩、飛行機を見に行きませんか」

「いいぞ。おまえとなら、どこでもいい」

 僕は先輩の手を引いて博多駅に向かった。

 もう人込みではなかったけど、手を離したくなかった。

 ずっとこのまま握っていたかった。

 手を離したら消えてしまうかもしれない。

 怖くて何度も先輩を見た。

 振り向いたらそこに誰もいないんじゃないか。

「どうして何度も私を見る?」

「消えてしまうんじゃないかと思って」

 先輩が僕の手を握り返す。

「じゃあ、私もおまえのことを見ていよう」

 地下鉄の中でも僕たちは手を握り合っていた。

 暗い窓に映る先輩を眺めながら僕は先輩の手のぬくもりを感じていた。

 すべては幻なのか。

 このぬくもりもこのあたたかな気持ちもすべて嘘だと言われても受け入れなければならないのか。

 相手は幽霊なんだ。

 人間なんだと思い込もうとしている僕は間違っているのか。

 福岡空港に着いて、旅行客でごった返すターミナルビルを歩いた。

 工事中のところが多くて、ここも迷路のようだった。

 都会はどこも変化を続けているんだなと思った。

 生まれたときから何も変わらない糸原の街とは大違いだ。

 展望台に出ると、目の前に広大な滑走路が広がっていた。

 駐機場に大小様々な飛行機が並んでいる。

 誘導路にも離陸待ちの飛行機の行列ができていた。

 着陸する飛行機も次々にやってきて、見ていて飽きない。

「いつかあれに乗って、どこかに行きましょう」

「それはかなわぬことだな」

「僕は祈ります。約束しましょうよ」

「朋樹」

 先輩は口をつぐんでしまった。

 滑走路を飛行機が離陸していく。

 先輩が何かをつぶやいている。

 飛び立つ飛行機から少し遅れて音が聞こえてくる。

 光よりも音の方が遅い。

 中学の時に習ったやつだ。

 エンジンの音にかき消されて声が聞こえない。

 僕は後ろから先輩を抱きしめた。

「朋樹、私のことを忘れないでくれ」

「忘れたくないですよ。だから消えないでくださいよ」

「私は消えなければならないんだ。そうしないと不幸になる者がいる。それがおまえの一番大切な人なのだ」

「僕の一番大切な人は先輩ですよ」

 先輩の頬に赤みがさす。

「ありがとう。そんなふうに言われるのは初めてだ。私はいつも身代わりだったからな」