僕は先輩の手を引いてキャナルシティの中を歩いていた。

 目的はなかったから迷路のような通路を何かから逃げるようにさまよっていた。

 考え事をしながら歩いていたので、自分がどこにいるのか分からなくなっていた。

 先輩の話が頭の中でぐるぐる回っている。

 身代わり幽霊だから消えてしまう。

 そうすれば凛が幸せになれる。

 凛はもう幸せなんじゃないか。

 高志と仲直りもできたじゃないか。

 今僕はこうして先輩の手を握って歩いている。

 通りすがりの人がみな先輩に視線を送っている。

 幽霊なんかじゃないみたいだ。

 だんだんこんなに人間みたいになっているのに、どうして幽霊だなんて言うんだろう。

 幽霊やめましたって言ってくれれば、それで全部解決なんじゃないのかな。

 シネコンの前に来たら、糸原奈津美が告知していた春映画のポスターが掲示されていた。

「糸原奈津美さんの映画ですね」

「そうか」

「先輩、春になったら今度この映画を見に来ましょうよ」

「だから、それは無理だと言っているだろう。私は昼が一番短くなった時に消える」

 それはどうしようもない運命なのか。

 どうにもならないことなのか。

 僕は『消える』という言葉の意味を受け入れることができずにいた。

 頭から血の気が引くような感覚に襲われて僕は近くのベンチに腰掛けた。

 先輩も隣に座る。

「ちょっとトイレに行って来るので、ここで待っていてください」

「そうか」

「あ、消えたりしませんよね」

「さあ、どうだろうか」

 僕はトイレの入り口で一度振り返った。

 先輩はいた。

 通路に入って、また一度引き返した。

 先輩はいた。

 それでも不安だったから、急いでトイレに駆け込んだ。

 おそらくみんなはそうとう漏れそうな奴なんだと思っただろう。

 用を済ませて出てきたら、ちゃんと先輩はいた。

 男二人組に声をかけられていた。

 ナンパというやつか。

 初めて見たぞ。

「おまたせ」

 先輩に声をかけると、男二人は意外そうな顔で僕を見た。

 まあ、気持ちは分かる。

「ああ、朋樹。私はここにいる」

 先輩は男二人のことなど最初からいなかったかのように華麗に無視して立ち上がった。

「どうも」

 僕は軽く会釈して先輩を二人から引き離してレストラン街の方へ連れていった。

 よく考えてみると、僕がトイレに行っている間にあの二人に話しかけられていたから、先輩は消えなかったんじゃないだろうか。

 先輩の相手をしてくれていてありがとうございました。

 僕はナンパ野郎どもに心の中で感謝した。