「私の姿がおまえに見えるのは、身代わりとなっているその人物がおまえにとって一番大切な人だからだ。その人物の災いが取り除かれるのを見届けるのがおまえの役割なのだ。おまえはその者の幸せのために、私が消えるのを見届けなければならないのだ」

 凛は高志と幸せになるんじゃないのか。

 もしかして、高志と凛が仲直りできたのも、先輩の身代わりのおかげなのか。

 ということは、高志と凛が幸せになったら、先輩は消えてしまうのか。

 だから糸原駅で、凛と高志のことを誰だと言っていたのか。

 もう、先輩は二人のことを忘れてしまっているんだ。

「私は間もなく消えるだろう」

「いつですか」

「昼間しかいられない幽霊だからな。昼間が一番短くなるときに私は消える」

 もうすぐ冬至だ。

 一年で一番昼が短い日が来る。

 あと数日しかない。

 クリスマスの前くらいだったはずだ。

「そんなこと。信じられませんよ」

「おまえは私が幽霊だと知っている。事実だ」

 幽霊は嘘をつかない。

 人を騙さない。

 ただ事実を言うだけだ。

 なんて残酷な事実なんだろう。

 少しは優しい嘘をついてくださいよ。

 嘘のつき方を教えますから。

 ……だめか。

 嘘のつけない凛に馬鹿にされるくらい僕も嘘が下手だ。

 すぐにばれる。

「消えなくするにはどうしたらいいんですか」

「身代わりにならずに、その者が死ねばよい」

「いいわけないですよ!」

 思わず声を上げてしまった。

 まわりのお客さん達がこちらを見る。

 僕は声をおさえた。

「それって凛が不幸になるってことですよね」

 僕は踏切のことを思い浮かべていた。

 あの時、もしかしたら凛は死んでいたのかもしれない。

 高志が助けに入って、身代わりに自分が犠牲になるなんて言って凛を連れだしたからうまく仲直りもできた。

 高志がやっていたことだけど、先輩の存在で運命が変わったのかも知れなかった。

 先輩がいなかったら、凛は悩み続けて他の方法で自殺していたかもしれないのか。

 それはダメだ。

 せっかく凛は幸せになったんだ。

 吹き抜けの手摺につかまると、先輩が僕の手にあたたかな手を重ねた。

 とても幽霊とは思えないぬくもりだった。

 だけど、そんな感覚を否定するようなことを僕にささやいた。

「その者に私の存在を印象づけたり、消えた後に思い出させようとすると、その者に災いが戻されるから気をつけろ。私は身代わり幽霊だ」

「糸原奈津美という人はどういう人だったんですか」

「分からない。私が思い出してはいけないのだ。思い出してしまうとその者に災いが戻って死んでしまうからな」

 僕は墓地で見た『村島奈津美』という人のお墓を思い出した。

 スマホで検索した記事によればため池に遺体が浮かんでいたのだ。