冬の海は誰もいなくて少し波が荒いけど鮮やかな色をしていた。

 僕は先輩の横顔を見つめながら言った。

「海がきれいですね」

 先輩はまっすぐ窓の外を見つめながら返事をした。

「これもきれいなのか。そうか。また一つきれいなものが増えたな」

 海の眺めが途切れてまた市街地になった。

 ふと隣を見ると、先輩が居眠りをしていた。

 幽霊も眠るんだな。

 僕は先輩のポニーテールをじっと見ていた。

 つやのある黒い髪の一本一本が窓辺の日差しを受けてきらめいていた。

 電車が地下鉄区間に入って揺れ始めた。

 眠っていた先輩が後ろの窓に頭をぶつけてけっこう派手な音がした。

 幽霊なのにちゃんと頭蓋骨はあるんだな。

 僕はつい微笑を浮かべていたらしい。

 目覚めた先輩が僕を見ていた。

「おまえは笑っているな」

「あ、そういうつもりでは」

「何がおもしろかったのか教えてくれ」

 僕は正直に言った。

「先輩の頭が窓に当たってゴツンてけっこう大きな音がしたから」

「そうか」

 先輩はうなずくと、窓に頭を打ち付け始めた。

「そうか。これがおもしろいということなのか」

 ガンガン派手な音がする。

 まわりの人の視線が集まりだした。

 僕はあわてて先輩に耳打ちした。

「それは笑えませんよ。やめてください」

「そうなのか」

「痛くないんですか?」

「痛くはない。痛みは感じないんだ。幽霊だからな」

「たまたまぶつかったからおもしろいだけで、わざとやったら痛そうですよ」

「難しいものだな」

 先輩は目を閉じてつぶやいた。

「でも、なぜ私は今おもしろいことをやろうと思ったんだろう」

 そういえばそうだ。

 先輩がだんだん人間みたいに見えてきた。

 先輩が目を開けて僕を見る。

「私はおまえを笑わせてやろうとしたんだな」

「はい」

「なぜ笑わせたかったんだろうか」

「なぜでしょうね」

 先輩が饒舌になっている。

 僕の方が幽霊のような短い返事しかできなかった。

 僕は先輩の美しさに圧倒されていた。