その日、久しぶりに僕は勉強をした。

 明日は試験最終日で英語表現だけだ。

 いまさら一科目やったところでなんにもならないけど、心穏やかに取り組めるのはいいことだ。

 先輩にはスマホで連絡を入れてみたけど、返信もなく、既読もつかなかった。

 紙ケースをはずして、消しゴムに刻んだ『真冬』という文字を撫でた。

 自分のしていることが恥ずかしくて情けなかったけど、僕にできることは他に何もなかった。

 翌朝、食パンマンションの前まで来ると凛が待っていてくれた。

「オハヨ、朋樹」

 いつもの情景だ。

 高志の失敗からほんの一週間くらいのことなのに、ずいぶん久しぶりに感じる。

「やあ、昨日は、あれからどうしたの」

「別に何もないよ。高志とうちの前まで一緒に帰って来ただけ」

「へえ、そうなんだ」

「朝ごはんにね、残ったクロワッサン食べてきたんだ」

「ああ、昨日のやつか」

 凛が何か言いかけて、口を塞ぐようにアメリカ国旗マフラーを巻き直した。

「なんだよ、どうした?」

「ん、いや、あのね」

 巻いたマフラーをまたずらして口を出す。

「チューなんてしなかったよって言おうとしたんだけど、また面倒なことになるから言うのをやめただけ」

「ああ、そういうことか」

 自然に笑いあった。

 ただのジョークにできる雰囲気がもどってきたんだ。

「でも、つきあってるんだから、いいんじゃないの?」

「まだつきあってないじゃん。コクられたわけじゃないし。それはね、あいつにちゃんと言わせるの。それくらいちゃんとしないんだったら、あたしつきあわないんだ」

 そうか、よく考えてみたら、高志が謝罪して仲直りしただけか。

「朋樹もさ、先輩にはちゃんといいなよ。女の子は、そういうところ大事だから」

「先輩から連絡なくてさ」とスマホに既読がつかないことを話した。

「幽霊だからね。今日の帰りとか、また会えるでしょ」

「幽霊と会えるのが当たり前だと思うのもへんだよな」

「でも、朋樹の大事な先輩だからね。あたしもいろいろ相談に乗ってもらったんだし。お礼言いたいな」

 あれは相談だったんだろうか。

 話をするだけでも気分が紛れて良かったのか。

 女子の相談というのはそういうものなのかもしれないな。