昼休みになって僕は購買にパンを買いに行った。

 いつも親が作ってくれる弁当を持ってくるんだけど、さっき化学の授業の後で早弁したのだ。

「早弁したのにまだ食うのかよ」と凛に笑われる。

 身長も頭の中身も生活範囲も変わらないのに、高校生になって食欲が激増した。

 いくら食べても、いや、食べれば食べるほど物足りない気がする。

「だったら弁当二つ持ってくるとか、おにぎりを追加してもらえばいいじゃん」って凛は言う。

 あいつは分かってない。

 親の弁当じゃないものが食べたいんだよ。

 買って食べるのが高校生なんじゃないか。

 そうやってお小遣いを無駄に使うのが楽しいんじゃないか。

 それが早弁のロマンってやつだ。

 購買ではヤキソバパンとチーズナンを買うのが僕のいつものメニューだ。

 今日もいつも通り獲物をゲットして、両手に幸せの証をのせながら教室に戻ろうとしたときだ。

 先輩がいた。

 さっき凛とぶつかったあの先輩だった。

 僕と出会っても、全く無関心なようだった。

 まあ、通りすがりの下級生のことなど覚えていなくても不思議ではない。

 背は僕と同じか少し低いくらいで、肩から胸のあたりにかけて豊かな黒髪が流れている。

 一重まぶたの目にかかる睫毛は濃いわりに、眉毛はやや薄く細く、緩やかに弓を描いている。

 目の下の涙袋が柔和な印象を添えているけども、やはり大きな黒目が宇宙の果てを見ているような冷たさだ。

 じっと見ていたわけではないのに、僕はその姿をしっかりと心に焼き付けていた。

 すれ違う時、甘い香りがしたような気がした。

 花とか柑橘系とかじゃなくて、お菓子のような、それも砂糖とかカラメルじゃなくてもっと穏やかな……、和菓子のような香りだった。

 僕は何となく振り向いた。

 でもそこには誰もいなかった。

 あれ?

 廊下の右側は壁と窓だ。

 左側は教室だが、家庭科室と資料保管室で、どちらも鍵のついた扉が閉まっている。

 教室に入ったのなら、ドアを開閉する音がしたはずだ。

 そもそもたった今通り過ぎたばかりなのに……。