「そういう大事なことは高志のためにとっておきなよ」

「高志なんか嫌いだよ。全然好きじゃないよ。朋樹に振り向いて欲しくて、朋樹に嫉妬して欲しくて仲良くしてただけだよ」

 僕の胸に顔を押しつけながら凛の拳が優しく僕の背中を叩く。

「あたしは高志を利用してただけだよ。高志のことをもてあそんで朋樹に振り向いてほしかっただけだよ」

 凛の肩が震える。

 僕は初めて凛を泣かせてしまった。

「あたしひどい女の子だね」

「凛はそんな悪いやつじゃないだろ」

 凛のことはちゃんと知ってる。

 不器用なこと。

 僕以上に嘘がつけないってこと。

 ちゃんと知ってる。

 いつだって真っ直ぐじゃないか、凛は。

 だから好きなんだよ。

 僕は凛が好きだよ。

 ずっと好きだったよ。

 でもさ、分かってるよ。

 凛が好きなのは高志なんだよ。

 高志のことを好きになりたいのに、あんな事があって不安になっちゃっただけなんだよ。

 僕はそんな弱みにつけ込むことはできないよ。

 だって凛のことが好きなんだから。

 凛が僕の背中に回した手に力を込めた。

「ここでキスをしたら別れるって都市伝説があるでしょ。だから、ここでキスをしてくれたら、あたし朋樹と別れられるじゃない」

「それは高志の作ったデタラメな都市伝説だろ」

 凛は僕の胸の中で泣いていた。

「まふゆ先輩に遠慮してるの? あたしと浮気なんかできないって思ってるの?」

「違うよ。僕は凛のことが好きだよ」

「でも、言葉だけで何もしてくれないんだ」

 僕は凛を抱きしめた。好きだよ。

 でも、だから、凛を傷つけたくないんだ。

 嫌なことを上書きして消そうとしても凛は笑顔にはなれないんだよ。

 そんなことをしても高志と僕の二人に裏切られて嫌な思い出が重なるだけなんだよ。

 僕が凛にしてやれることは、何もないんだよ。

 凛が僕を突き飛ばした。

「いいよ、キスしてくれなくても。それでも別れるよ。あたし、朋樹のことが好きだった自分を忘れるよ。朋樹はまふゆ先輩とつきあえばいいじゃん」

 凛が僕をおいて走り出す。

 待ってよ。

 僕は追いかけることができなかった。

 足が固まったように動けなかった。

 凛、好きだよ。

 でも、それは声にはならなかった。