僕は何も言えなかった。

「いっぱいいろんな思い出があるけど、朋樹が幽霊先輩のことを好きになるなら全部忘れようって思ってたのに、どうして今頃思い出させようとするのよ」

 不器用な凛。

 知ってたよ。

 本当は分かっていたんだ。

 僕もそんな凛が好きだよ。

「あたしが好きなのは高志じゃなくて朋樹だよ」

「そんな嘘を無理につくことないじゃないか」

 はぐらかそうとすると、凛が僕との間合いを詰めた。

「私は朋樹に嘘なんかついたことない。ずっと隠してただけ。本当のことをずっと隠してただけなんだよ」

 僕の目の前に凛がいる。

 僕をじっと見つめて立っている。

 僕は見つめ返す勇気がなかった。

「消しゴムのケースに高志って書いてたのだって、朋樹が見たときにどんな顔するか知りたかったからだよ」

 やっぱり見たことはばれていたのか。

「あのとき、しばらく口聞いてくれなかったじゃん。ショック受けてる顔見てうれしかったんだよ」

 凛が僕に抱きついた。

 ダメだよ、それはダメだよ、凛。

 凛の髪のにおいが僕の中の黒い気持ちに火を付けた。

 高志がやったみたいに凛を押し倒してしまえと僕に命令する。

 そんな衝動が僕の中で暴れ出す。

 おまえは誰だよ。

 僕自身か。

 少しでも気を緩めたら僕は凛を傷つけるようなことを平気でするだろう。

 いいじゃないか。

 おまえだって男だろ。

 凛を慰めるふりして、高志のことを悪く言って、爽やか好青年でいたいだけだろ。

 都合がいいじゃないか。

 僕は必死にこらえて一歩後ずさる。

 凛は僕から離れようとしない。

「どうして私を抱きしめてくれないのよ。あたしのことが嫌いなの?」

 好きだよ。

 ずっと好きだった。

「あたし、朋樹のことが好きだよ。マフラーだって、星がいっぱいついてるからだよ。あたしのセンスが悪いわけじゃないよ。あの五十個の星全部、あたしの気持ちだよ。ワイオミング州だって、コネチカット州だって、全部あたしの気持ちなんだよ。いつも星の数を数えながら朋樹のことを考えていたんだよ」

 凛が僕の胸に顔を押しつける。

「ねえ、私、朋樹が好き。朋樹が一番好き。高志じゃなくて朋樹だったらこんなに悩まなくて済んだのに。朋樹だったら良かったのに。朋樹が好きって言ってくれたら、そしたらあたしあきらめて高志とつきあうよ」

「ダメだよ」

「どうして、ねえ、どうしてよ。あたし、二番目に好きな人としかつきあえないの? 私の一番の気持ちは一番の人に受け取ってもらえないの?」

 凛、僕だって、凛のことが好きだよ。

 でも、だから……、だけど……。

 好きだから、……だから言っちゃあいけないんだ。