「先輩、お昼まで少し時間があるから本屋さんに寄っていいですか」
凛がフードアイの隣にある弘文堂書店に入っていく。
糸原には書店が三つある。
駅前の黒田書店と国道沿いのレンタルDVDもやっているタツヤブックス、それとこの弘文堂だ。
どれもある程度ちゃんとした書店だ。
全国チェーンの新古書店も一つある。
ネットの時代にこれだけ書店が残っているのは逆に田舎町だからなのかな。
凛は雑誌コーナーで平積みのファッション誌を手に取った。
先輩が隣に立って、僕は一歩後ろにいた。
これから冬になるのに雑誌の季節は先取りで、華やかな春物ばかりだった。
街の読者モデルのコーディネート写真のページをめくっていく。
こちらは冬のデートにふさわしいファッションアイテムの紹介になっていた。
凛がその中の一つを指さした。
雑誌の中で大人っぽい表情でポーズを取るモデルさんは、スカイブルーのニットと淡いグレーのチェスターコートを羽織って、頬の半分までアイボリーのマフラーを柔らかく巻いている。
下は黒のガウチョパンツに黒のショートブーツ。
髪型はポニーテールだ。
「先輩はこのモデルさんと同じ格好が似合うと思いますよ。細身で背もあるからちょうどいいですよ」
「ふうん、そうなのか」
先輩は写真をじっと見つめていた。
僕は先輩が同じ服装をしているところを想像してみた。
確かによく似合いそうだ。
先輩のポニーテール姿を思い浮かべていたら、急に昔のことを思い出した。
凛は今でこそボブヘアだけど、中学一年生の頃までは髪が長くてポニーテールだった。
喧嘩したときについつかんでしまったことがある。
あの時は髪の毛が何本も抜けて指に絡まった。
凛は本気で痛がっていた。
はずみでやってしまったこととはいえ、当時も良くないことだと思ったからその場ですぐに謝ったけど、今思い出してもひどいことをしたと思う。
それ以来、あいつはボブヘアだ。
急に胸の奥がちくちくと痛み出す。
人を傷つけると、いつまでもその後悔からは逃げられないものなんだな。
「あとはどうだろう……」
凛は巻頭の春物特集に戻ってページをめくった。
「あ、これ糸原奈津美じゃん。ほら」
巻頭モデルはたしかに不動産屋の幟旗で見た糸原奈津美だった。
「けっこう活躍してるんだね」
僕が肩越しに凛に話しかけると、先輩が思いがけないことを言った。
「私はこの者を知っているな」
「え、知ってるんですか?」
凛も驚いていた。
「知り合いってことですか?」
「何だったのかは思い出せないが、私は確かにこの者を知っている」
「糸原高校出身だから、何年か前までこの街にいたんですよね。通りすがりで覚えていたのかな?」
僕は素朴な疑問を尋ねた。
「先輩は記憶ってあるんですか?」
「たいていのことはすぐに忘れる」
「でも、うちらのことは分かるじゃないですか」と凛が間に入る。
「私にとってお前達が意味のある存在だからだろう」
「意味のある存在?」
どういうことなんだろうか。
幽霊が存在する意味。
幽霊として存在する意味なのか。
僕らとの関わりのことなのか。
いろんな意味があってよく分からない。
「私にもよく分からないが、関わりがあるから存在するのだ」
凛も、急に興味のなさそうな顔になっていた。
難しい話になると、あきらめてしまうのだ。
「まあ、いいや。そろそろご飯食べに行きましょうよ」
凛は雑誌を置いて書店を出た。
凛がフードアイの隣にある弘文堂書店に入っていく。
糸原には書店が三つある。
駅前の黒田書店と国道沿いのレンタルDVDもやっているタツヤブックス、それとこの弘文堂だ。
どれもある程度ちゃんとした書店だ。
全国チェーンの新古書店も一つある。
ネットの時代にこれだけ書店が残っているのは逆に田舎町だからなのかな。
凛は雑誌コーナーで平積みのファッション誌を手に取った。
先輩が隣に立って、僕は一歩後ろにいた。
これから冬になるのに雑誌の季節は先取りで、華やかな春物ばかりだった。
街の読者モデルのコーディネート写真のページをめくっていく。
こちらは冬のデートにふさわしいファッションアイテムの紹介になっていた。
凛がその中の一つを指さした。
雑誌の中で大人っぽい表情でポーズを取るモデルさんは、スカイブルーのニットと淡いグレーのチェスターコートを羽織って、頬の半分までアイボリーのマフラーを柔らかく巻いている。
下は黒のガウチョパンツに黒のショートブーツ。
髪型はポニーテールだ。
「先輩はこのモデルさんと同じ格好が似合うと思いますよ。細身で背もあるからちょうどいいですよ」
「ふうん、そうなのか」
先輩は写真をじっと見つめていた。
僕は先輩が同じ服装をしているところを想像してみた。
確かによく似合いそうだ。
先輩のポニーテール姿を思い浮かべていたら、急に昔のことを思い出した。
凛は今でこそボブヘアだけど、中学一年生の頃までは髪が長くてポニーテールだった。
喧嘩したときについつかんでしまったことがある。
あの時は髪の毛が何本も抜けて指に絡まった。
凛は本気で痛がっていた。
はずみでやってしまったこととはいえ、当時も良くないことだと思ったからその場ですぐに謝ったけど、今思い出してもひどいことをしたと思う。
それ以来、あいつはボブヘアだ。
急に胸の奥がちくちくと痛み出す。
人を傷つけると、いつまでもその後悔からは逃げられないものなんだな。
「あとはどうだろう……」
凛は巻頭の春物特集に戻ってページをめくった。
「あ、これ糸原奈津美じゃん。ほら」
巻頭モデルはたしかに不動産屋の幟旗で見た糸原奈津美だった。
「けっこう活躍してるんだね」
僕が肩越しに凛に話しかけると、先輩が思いがけないことを言った。
「私はこの者を知っているな」
「え、知ってるんですか?」
凛も驚いていた。
「知り合いってことですか?」
「何だったのかは思い出せないが、私は確かにこの者を知っている」
「糸原高校出身だから、何年か前までこの街にいたんですよね。通りすがりで覚えていたのかな?」
僕は素朴な疑問を尋ねた。
「先輩は記憶ってあるんですか?」
「たいていのことはすぐに忘れる」
「でも、うちらのことは分かるじゃないですか」と凛が間に入る。
「私にとってお前達が意味のある存在だからだろう」
「意味のある存在?」
どういうことなんだろうか。
幽霊が存在する意味。
幽霊として存在する意味なのか。
僕らとの関わりのことなのか。
いろんな意味があってよく分からない。
「私にもよく分からないが、関わりがあるから存在するのだ」
凛も、急に興味のなさそうな顔になっていた。
難しい話になると、あきらめてしまうのだ。
「まあ、いいや。そろそろご飯食べに行きましょうよ」
凛は雑誌を置いて書店を出た。



