店を出ると凛は脚をのばして大股に跳ねるようにしながら歩き出した。

 かかとを上げてつま先立ちになって、下手なバレリーナのように一歩一歩跳ねて歩く。

 つぶれるんじゃないかというくらいパンの袋が大きく揺れる。

 凛は微笑みを浮かべながら時折僕の方を向くだけで、何もしゃべらない。

 高志とのことは忘れることができたんだろうか。

 でもそれを聞いたら思い出させてしまう。

 高志のことを言わずに高志のことを聞く方法を考えているうちに食パンマンションの前まできてしまった。

 じゃあね、と凛が軽く手を振った。

「今日は先輩といろいろ話せてよかったね」

「僕のためにいろいろやってくれてありがとう」

「あんたのためじゃないよ。幽霊に興味があるからだよ」

 凛は一呼吸置いてから付け加えた。

「他にもあるけど、今はまだ言えない」

「また名探偵ごっこかよ。証拠がないとか、確信できないとか言ってるうちに、他の人もみんな殺されちゃうやつじゃんか」

 僕は少し調子に乗っていたのかもしれない。

「最後に残ったのが犯人でさ。『やっぱりあなただったんですね』って。一人しかいないんだから、そりゃそうだよね。早く言えばよかったのにね。みんな死んじゃってから言っても意味ないじゃんか」

「ふざけないでよ」

 凛が怒り出した。

 突然のことで僕は驚いた。

 いくら凛の扱いが難しいとはいっても、僕の言った冗談のどこが気に入らなかったのかまったく分からなかった。

「ふざけないでよ。何も分かってないくせに。あんたなんか迷う方の迷探偵以下よ。地球で最後の一人になったって、自分が想われてるなんて気づきもしないで、おまえの好きなやつって誰なんだよとか言っちゃうんだろ」

 凛は一気にまくし立てるとため息をついた。

「あんたさ、自分の名前、思い出してみなよ」

「星朋樹だけど」

「なんであたしが中学の時からこんなダサイ柄のマフラー大事にしてると思ってるの」

 凛がアメリカ国旗柄のマフラーを指さす。

 何を言ってるんだ、凛は?

 僕はしばらく凛のマフラーを見ていた。

「そんなにあたしを見つめるなよ」

「いや、見てないし。マフラーだろ」

 アメリカ国旗のマフラー。

 確かにどこで買ったんだよというくらい変な柄だ。

 ヴィレヴァンか?

 中学の時には高志にも女子連中にも馬鹿にされていたけど、一度も変えたことのないマフラーだ。

「遠くからでも目立つから?」

「まさか」

 じゃあ、なんだよ。

「まだ分かんないの? ほら」

 凛はマフラーをゆるめて僕に示した。

 青地に白い星が並んでいる。

 星?

 凛は星がいっぱいついたマフラーにくるまれていたのだ。

 星?

 僕の名前?

 星朋樹だから?

 そういう意味だったの?

 僕の顔色を見て凛がパンの袋を振り回した。

「バーカ、偶然に決まってんじゃん。今思いついただけだよ。こんなのでだまされるから名探偵じゃないって言ってんのよ」

 凛はご機嫌な笑顔でマフラーを巻き直すと僕に背中を向けて食パンマンションに入っていった。

 一人になった僕は食パンマンションを見上げてつぶやいた。

「じゃあ、なんであんなにダサイ柄のマフラーしてんだよ」

 名探偵ならちゃんと謎解きをしろよ。

 気になるじゃないか。