凛の手の中でスマホの画面がついた。

 先輩からの返信だ。

 糸原の街の向こうに見える可也山の写真だ。

 笹山公園からの風景だ。

 鞄からハンカチを取り出すと凛は涙をぬぐった。

 立ち上がってスカートのほこりを払うと、僕の方を向いて手を差し出す。

「先輩に会いに行こうよ」

 僕たちは神社の裏口から出て、歩行者用踏切を渡った。

 食パンマンションの前を通り過ぎたところで、僕は先輩が幽霊だと言っていた話をした。

「やっぱりそうなんだ」

 高志と違って凛はすぐに受け入れた。

「意外と素直だな。信じるんだね」

 一瞬凛の眉が上がった。機嫌を損ねたかと思ったけど、落ち着いた様子で話を続けた。

「だって、実際に話してみるとそんな感じだったじゃん」

「高志は全然信じなかったけど」

 つい高志のことを持ち出してしまってまずいかと思ったけど、凛は別に気にしていないようだった。

「幽霊を信じさせるのって難しいよ」

 まあ、そうだろうね。

「急に誰かが手をパアンと叩くとびっくりするでしょ」

 そりゃね。

「でも、蚊がいたんだって言われると納得しちゃうじゃん。逃がしちゃってて手に何の跡も残ってなくてもね。いたって言われただけで存在を信じちゃうじゃない。でもそれって、本当に蚊がいたかどうかなんてどうでもいいことだからなんじゃないかな」

「うん、まあ、そうだね」

「でも、人間はそうはいかないでしょ。人間がいるかいないかってことは重要すぎるじゃない。蚊は姿を見なくても納得するけど、幽霊は実際に見ないと納得できないのよ。あたしらには見えるけど、みんなには見えない。逆に見えても信じられないし。そうなると幽霊の存在を納得させるのは不可能だし、ただの変人扱いされるだけだから、説得するのはやめておきなよ」

「でも、じゃあ、どうして凛は僕の話を全然疑わないのさ?」

「だってさ、朋樹はあたしに嘘はつかないじゃん」

 顔が熱くなりそうになる。凛が僕の顔をのぞき込むようにしてにやけている。

「隠してることはいろいろあるくせにさ」

 隠すって、何を?

「あんた、あたしのパンツ三回くらいチラ見したことあるでしょ」

 うわ、ばれてたのかよ。

 僕の動揺を見て凛が吐き捨てるように言った。

「うわ、こいつマジかよ、サイアク」

 え、何それ、ずるいじゃん。

「すみません。見たことあります。黙ってました。ごめんなさい」

 正直に言うと凛が機嫌を直した。

「朋樹はさ、すぐ顔に出るんだよ。だから隠しても無駄」

 ばれてたんだったら、その場で言ってくれればいいのに。

『パンツ見ただろ』って。

 うん、まあ、言われてもどっちにしろ困るか。

 凛が鞄を振り回して僕のお尻にぶつける。

「だから、あたし、信じるんだ。朋樹の言うことならね」

 何かを思い出したかのように凛が笑う。

「ねえ、パンツ見えたとき興奮した?」

「するわけないじゃん」

 凛がまた鞄を振り回す。

「朋樹」

「何?」

「もう少し、嘘がうまくなった方がいいよ」

 見せたことのない笑顔を僕に向けると、凛が笹山公園に向かって駆けだした。

 まだ僕の知らない凛がいる。

 凛だって、僕に隠していることがあるじゃないか。

 僕はその後ろ姿を追いかけた。