映画『冬来たりなば春遠からじ』

 糸原奈津美は難病で余命幾ばくもない女子大生の役だ。

 映画は回想シーンから始まる。

 糸原の街で生まれ育った少年と少女。

 桜の季節、中学に入学したばかりの二人は初めて買ってもらったスマホでお互いに写真を撮る。

「私のどこが好き?」

「全部だよ」

「それじゃ分かんないよ」

「桜の花みたいなところかな」

「何それ」

「桜の花って、一つ一つの花を見るものじゃなくてさ、みんな桜の花咲く街の華やかさが好きなんだよ。街中一斉に咲いて、一年のうちのそのときだけ糸原の街全体が華やかになるだろ。春なんだなって。だから、桜の何がきれいなのかなんて、そんなことを聞いても答えられないんだよ。桜のあるこの場所、この時間が素敵なんだから。そして、それを一緒に見る人がいる。それが楽しいんだよ」

 少女はうなずく。

「桜が散るときも、そこに風が吹いていることを感じるだろ。花びらが舞っていると、見えないはずの春の風が見えるんだ。そんなときに、心があたたかくなるだろ。君に会えない時も君のことを考えると心が明るくなるんだよ。桜ってそういう花だろ」

 少年は彼女の写真を大事にしていた。

 友達にスマホを見られてからかわれる。

「おまえ、あいつのことが好きなんだろ」

「ちげーよ」

「写真あるじゃん」

「これは、あいつが勝手に僕のスマホで撮ったんだよ」

「じゃあ、消せよ」

「いいよ、ほら」

 彼女がそれを見ていた。彼女も彼の写真を消してしまう。

 しかし彼は待ち受け画面から消しただけで、写真データはバックアップを取ってあったのだった。

 彼女の勘違いだったが、かたくなな態度を取ってしまう。

「私と一緒にいると迷惑なんでしょう」

 二人は気まずくなってしまう。

 少女は親の転勤で東京へ行くことが決まる。

 引っ越しの日に本当の気持ちを伝えようとするが手遅れだった。

「僕は君のことが好きだった」

「私のことを好きじゃないって言ってたじゃない」

「違うんだ。嘘じゃないよ」

「いまさらもう遅いよ。さようなら」

 誤解を解くことができないまま、二人は別れてしまう。