オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき



三十分経った今は、私の体温が移って温まったのか、それともその逆か、さほど冷たさは感じなかった。

視線を遠くに向けると、白い照明でライトアップされた、芝生スペースが見える。
真ん中をくねくねと走る砂利道に、幅一メートルもない人工的に作られた川。私が座っているのと同じようなベンチもいくつか散らばっている。

あそこは一般の人が出入りできるスペースで、日があるうちはお年寄りが集ったり、犬の散歩をする人がいるけれど、さすがにこの時間となると誰も見受けられなかった。

たしか、二十時まで自由に出入りできるんだっけ……と眺めていたとき、ピッとカード認証の音がして社員用通路のドアが開く。

この三十分、ドアが開く度に松浦さんかと肩を跳ねさせていたのだけど、ことごとく違った。

顔もよく知らない他部署のひとたちに〝お疲れさまでした〟と頭を下げた回数は、もう二十回を超えるだろう。

だから、今回もとくに期待はせずに、ぼんやりとドアの方を見て……でも、油断していた視界に入り込んできたのが松浦さんだったから、ハッとする。

疲れた顔をして白い息を吐く様子は、いつもの明るい顔からは想像もつかなくてすぐに話しかけることができなかった。

こんな沈んだ顔もするのか……と、ただ見ていると、歩き出した松浦さんが顔を上げ、そして視線がぶつかる。

その顔が、ギクッとして見えたのは、暗闇のなか佇む髪の長い女が気味悪かったからだろうか。

眉を寄せ、目を見開いた松浦さんが、じょじょに表情から強張りをけし「びっくりした……」と独り言のようにもらす。

それから、いつも通りの笑顔になるのを見て、ゆっくりと立ち上がり近づいた。