オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき



足元にある細やかな照明と、水槽のなかの光だけが照らす館内。やっぱり、これくらい空いている方がゆっくりできるなぁと思いながら水槽を眺める。

チラッと覗き見ると、松浦さんも水槽の中に視線を向けていた。穏やかな微笑みを浮かべている横顔をしばらく眺めてから、私も水槽に視線を移す。

ふたりの間で、自然と繋がった手が揺れていた。

「半年前、この水族館でなにを話したか覚えてますか?」

静かに聞くと、松浦さんの視線がこちらに向いたのが視界の端でわかった。

「イルカはひとの話を聞いてくれるかだとかだっけ」

すぐに返ってきた答えに、少し驚く。

「よく覚えてましたね」
「意外だったから。友里ちゃんは、自分のことなんて話したがらなそうに見えるのに、イルカに話を聞いて欲しいのかなって」

理由を聞いて納得する。
たしかに、私らしくない発言だったかもしれない。でも、あの頃は……。

「加賀谷さんとのことを、誰かに聞いて欲しかったんだろ?」

私の心を読み取ったようなタイミングで聞かれる。

隣を見上げると、微笑んで私を見つめる松浦さんがいた。
包み込むような優しい雰囲気に小さく笑みをこぼしたあと口を開く。

「半年前は、そうですね。イルカが私の苦しい思い全部を聞いてくれたりしないかななんて、どこかで思っていました。でも、今はそんなこと少しも思ってませんけど」

「なんで?」と不思議そうに聞く松浦さんを見上げる。

本当に……半年前、この水族館に来たときには考えてもみなかった自分の心境の変化に、呆れて笑ってしまいそうだ。