オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき



「最後は加賀谷さんが『冗談だ。余裕なさすぎだろ』って笑ってましたけど、主語がなかったからなんの話だったんだかまったく……あれってなんだったんすか?」

麻田くんが聞くと、工藤さんが「なんだったんですか?」と悪乗りする。
純粋な疑問と、イタズラな眼差し。そのふたつの板挟みになった松浦さんは、苦笑いをこぼして炭酸飲料を飲む。

「たいした話じゃないよ。加賀谷さんって見た目通り中身も結構、悪だよねって話」

「悪?」と未だ不思議そうに首を傾げる麻田くんへの説明から逃げるように、松浦さんがこちらを見て聞く。

「食べ終わった?」
「はい。ありがとうございます。おいしかったです」
「それならよかった。じゃあ、そろそろ行こう」

空になった透明なカップ片手に立ちあがった松浦さんが、私を見て微笑む。

「水族館、一緒に行こうか」


やっぱり、こんな暑い日に考えることはみんな一緒なのか。水族館のなかは、夏の日差しから逃げてきたひとで溢れていた。

特にイルカやペンギンの水槽の前はとても混み合っていた。残念だけど、順番を待ってまで眺めたいわけでもないため、早々に諦め、空いているスペースを探して歩く。

大きな水槽エリアから離れ、小さな水槽がいくつも並ぶエリアに入ると、人もだいぶ減り、パーソナルスペースの広い私でも落ち着くことができた。

暗い中、なんの水槽だろうと覗くと、そこには小さな熱帯魚が泳いでいた。
有名なアニメの主人公にもなったオレンジ色の小さな熱帯魚が、小さなひれを揺らし泳いでいる様子は見ていてとても微笑ましい。