「私が、なんでシャワーを勝手に借りたかわかりますか?」
「シャワー?」

そういえば、どうしてだろう。
部屋に招いたとき、キッチンに勝手に入ることにさえ気を遣って遠慮していた彼女が、そこよりももっとプライベート空間である風呂場を勝手に使うとは考えにくい。

俺としては、友里ちゃんになら勝手に使ってもらって構わないから気にもかけていなかったけれど……改めて言われると疑問が残った。

理由を考え黙る俺を見て、彼女は目を伏せる。

「松浦さんはきっと、他人にお風呂とか入って欲しくないだろうなって思ったので、わざと入ったんです」
「わざと?」
「はい。追いかけてこなかったときのことを考えて、わざと」

俺が追いかけなかった場合、なんでシャワーを勝手に使っておいたほうがいいのか。
それがわからず眉を寄せていると、友里ちゃんは目を伏せたまま微笑んで続ける。

「いつもとは違う配置になっているシャンプーとか、落ちている長い髪とか見て、私のこと思い出せばいいって……〝あの野郎〟って感情でもいいから、せめて今日くらいは松浦さんの気持ちのなかにいたいって……ちゃんと松浦さんのなかに私の跡を残したくて。せめてもの嫌がらせです」

伏せている彼女の瞳に、見る見るうちに涙が浮かんでいく。
それは、彼女のなかでなにかが決壊したくらいの勢いだった。溢れた涙はポタポタとコンクリートの床に落ちる。

それでも、それ以上はこぼれないようにと必死に耐えている友里ちゃんを見ていられずに、思わず手を伸ばしたとき、彼女がバッと勢いよく顔を上げた。

その反動で散った涙が、太陽の光でキラキラ輝く。

「そんなバカなこと考えちゃうくらい、松浦さんが好きなんです。いつの間にか、好きになってました……」

手を伸ばし、彼女の震える肩を抱き寄せる。
胸に抱いた友里ちゃんの身体は冷え切っていて、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさに声が詰まる。

こんな健気に俺を想ってくれる友里ちゃんになら、いつか裏切られたっていいと思えた。

そんな不確定な未来を恐れ手を伸ばさないなんてこと、彼女を前にしたらもうできない。
俺は――。