「人間だって脳があるからって得ばかり選べないですよ。私なんて、わかってて損を選んでますから。本当……こんな悲しいだけなら、ツラいだけなら、脳も感情もいらないって思うけど……でも、これはもう仕方ないんです」
暗い水中を漂うミズクラゲを見ている友里ちゃんの瞳が、ゆらりと揺れた気がした。
和やかだった雰囲気がガラリと色を変え、もの悲しさみたいなものが彼女を覆う。
それは、俺も知っているものだった。
友里ちゃんが加賀谷さんを想うときにまとっていた、綺麗で切ない、あの――。
一気に脳が覚醒する。
真水でもかぶった気分だった。
やはり、さっき感じたのは気のせいなんかじゃないと思い直し、「友里ちゃん?」と声をかけ、肩に触れようとしたところで、彼女が顔を上げた。
瞳に浮かんでいる涙に……そして、それでも必死に微笑んでいる彼女に息を呑む。
「ゲームセットですね」
「……え?」
「興味を持つのはおとすまで、ですもんね。……楽しんでもらえましたか?」
涙を浮かべながらも綺麗に微笑む友里ちゃんに、すぐには言葉が出てこなかった。
なんでそんなことを言われるのかがわからず面食らっている俺に、にこりと目を細めてから、友里ちゃんはゆっくりと立ち上がり背中を向ける。
スローモーションのようだった。
部屋を出て行こうとする彼女の動作ひとつひとつがとてもゆっくりで、手を伸ばせばいつだって止められるのに、腕も足もなにひとつ動かせない。
まるで、〝俺〟という器に閉じ込められているみたいだった。
第三者の目を借りて友里ちゃんを見ているようで、文字通り見ることしかできない。
ゲームセットなんて誤解だし、そんな誤解を抱えたまま出て行って欲しくもない。
このまま行かせたらそこで終わりだ。
そこまで分かっているのに声ひとつ出せない俺を、寝室を出て行く手前で友里ちゃんは一度振り返り――。
「さよなら」
俺に最後の言葉を告げ、出て行く。



