「じゃあ、行きますね。松浦さん、本当にすみませ――」
踵を返しながら言い、一歩踏み出そうとしたけれど、強い力で止められる。
見れば、松浦さんが私の腕を掴んでいて……重なった視線に言葉をなくした。
真面目な瞳に、眼差しに込められた熱量に、時間でも止められたみたいだった。
「行くなよ」
「え……」
無意識に声がもれると、すぐに「行かないでほしい」と念を押される。
行かないでほしいって……なんで?
そんなにあのお店に行くことを楽しみにしていたのかな、とか。ドタキャンが許せないのかな、とか。
私が色んな理由を巡らせている間も、松浦さんは真剣な眼差しを私に向けていた。
掴まれたままの腕が、じわじわと熱くなる。
逸らされることなく私を見つめる瞳にこもった想いが、私の足と地面の境界線をじわじわとなくしていくみたいに、立ちすくんだまま動けなくなる。
触れられた部分から流れてくる熱が、身体を侵食していくみたいで……呼吸が震えた。
――なんで……どうして、そんな目で見るの?
頭に自然と疑問が浮かんだ瞬間。一ヵ月前交わした、イルカの水槽の前での会話が思い出され、ハッとした。
違う。違う。これは、本気じゃない。
ドキドキと弾み始めていた胸に、言い聞かせるように何度も繰り返し、笑みをこぼした。



