オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき



「風邪を引いたのが、加賀谷さんじゃなくて俺ならよかった?」
「そんな顔してなに言ってるんですか。考えてるわけないでしょ」

まるで自嘲するような、〝俺なんか〟と声が聞こえてきそうな微笑みを浮かべる松浦さんに、思わず笑ってしまう。

自信なんて有り余っているくせに、悲しそうな微笑みで自虐みたいなことを言うから、いつもとのギャップがおかしくなる。

「なら、いいけど」

どこか信じていないような声に、笑いが引っ込む。

見れば、松浦さんの横顔には寂しさみたいなものが浮かんだままで、その理由を探して首を傾げた。

労災の話をしていたときは普通だったはずだ。
そのあと、加賀谷さんの風邪の話になって……とこれまでの流れを追ってみても、松浦さんがこんな顔になる原因は見当たらない。

そもそも、もしも私が〝風邪を引いたのが松浦さんならよかったのに〟なんて言ったところで、通常運転の松浦さんなら〝ひどいな〟って笑うはずだ。

私と会う前に、なにか嫌なことでもあったのだろうか。それでネガティブになっていたところに……ってことかもしれない。

松浦さんでも落ち込む日があるんだなぁと、そんなところに感心しながら、そっと手を伸ばした。

そして、松浦さんのコートの肘部分をくいっと引っ張る。