「あ……は、はいっ。篠原です」

一瞬にして跳ね上がった心拍数を落ち着かせながら、必死に平静を装って声を出す。加賀谷さんの声を電話越しに聞くのは初めてだった。

電話口から聞こえた加賀谷さんの声が、たった一言だっていうのに未だ耳の底に留まりじわじわと溶けて行くみたいだった。

いつも隣に座って話しているっていうのに、電話だと全然違う。
私だけに話している感が強くて、心臓が握られたみたいに苦しくなった。

痛いくらいに、嬉しい。

工藤さんが席を外していてよかった。見られていたら絶対にあとで冷やかされる。

部署には、部長をはじめ数人の社員が席にいるけれど、こちらを気にしているひとはいなかった。

空調の音と、キーボードを叩く音だけが聞こえるなか、声を潜める。

「加賀谷さん、体調どうですか? 病院には行けましたか?」
『ああ。午前中に行って薬はもらってきたから。幸い、インフルじゃなかったからよかったよ』

「そうなんですか……よかった」

インフルエンザにかかってしまったら、潜伏期間を考慮して、うちの会社では熱が下がってから三日以上たたないと出勤できないことになっている。

そうなってくると、たくさんの仕事を抱えている加賀谷さんにとってはかなり大変だから、とりあえずは普通の風邪でよかった。
けれど、電話口の声はかすれていてツラそうだった。