王子様と野獣



そして午後になると、遠山さんは机の片づけをはじめる。急にいなくなる実感が沸いてきて、私はパソコン作業をしつつ寂しくなってきた。

するとふと目の前に平べったいクマのぬいぐるみが置かれた。


「これ使う? 百花ちゃん」

「なんですか、これ」


遠山さんはそのクマには、長いベルトがついていて、先のほうにはマジックテープがついている。


「エアコンの冷えよけ。お腹にこう張り付けて。腹巻みたいな役割をするの。冬場はカイロも入れられるから結構便利よ。かわいいしねー」


かわいいけど……。でもここオフィスだよ? 職場でお腹にクマを抱っこしていたら大分滑稽だと思うんだけど。遠山さんが真面目に語るもんだから、冗談なのか本気なのか判別できない。


「便利……ですか」

「そうそう、つけてごらんよ」


私を立たせ、腰にベルトを巻き付ける。
お腹にクマを引っ付けて立っているなんて、変な気分。なんかこんなの、どこかで見たことあるような気がする。


「子供を運ぶゴリラみたいだな」


通りすがりの阿賀野さんに言われて、「たしかに」と一瞬腑に落ちた。
けど、いやいや、ゴリラって失礼ですからね!


「いや、納得してどうする! 違うますよ!」

「ははっ、ひとり突っ込みすんなよ。心配すんなって立派なゴリラだよ」

「もーう!」


もはやじゃれあいとしか呼べないような私と阿賀野さんの言い合いに、遠山さんも瀬川さんも笑っていた。
そこに美麗さんが入ってきたので、私たちは一瞬言葉を止めてしまう。