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そしていよいよ、遠山さん退職の日だ。
あさぎくんは朝からいつも通りの態度だ。
私が昨日立ち聞きしていたことには気づいていないのだろう。あの時、扉を押し返してしまったことで誰かがいたことは分かったとしても、姿は見えなかったはずだし。
とはいえ、私のほうは気まずいし、その後の返事も気になる。
美麗さんは午前休を取っていた。
それも昨日のことがショックだったのかなと思うと、いたたまれない気分だ。
私としてはあさぎくんと美麗さんの結婚がなさそうなのはホッとするけど……。
と、何気なく顔を上げたら、あさぎくんと目があって、思いきりそらしてしまう。
何やってるんだ私。挙動不審もいいところだよ。
「美麗ちゃん、どうしたのかなぁ。今日の送別会来てくれるかなー」
そこで、遠山さんが心配そうにつぶやく。
そうですよね、遠山さんにとっても最後の大事な日ですもんね。
それなのに、美麗さんがあさぎくんに問いかけたの質問の答えばかりを気にしている自分が、なんだか申し訳ない。
『やっぱりほかに好きな方がいらっしゃるんですか? ……仲道さん、とか』
昨日の彼女の言葉がよみがえってくる。
……美麗さんは、どうして私なんかが彼の好きな人だと思ったんだろう。
もし本当にそうなのかなって思わせるところがあるのなら、申し訳ないけど期待してしまう。
「さて、そろそろあいさつ回りに行こう。百花ちゃんついてきてよ」
遠山さんに言われ、私はようやく我に返った。
それからは、業務上顔を合わす部署へと順番に挨拶に向かう。
今後のことを考えてか、私のことを「新しい担当です」と紹介してくれるので、ありがたい限りだ。



