「うん。まあ、お兄ちゃんが言うならやっぱ無理なのかなー。……ねぇ、ところでさ。ホントに結婚するの? あの人でしょ? この間店に来てた人」
今度は俺の話か。萌の頭の中はくるくると忙しそうだ。
「いや、挨拶っていうのは、そういう意味じゃなくて。いずれはそれも考えてるけどさ。付き合ってひと月で結婚言い出す男なんて重たいだろ」
「うん。激重だよ」
「だから、付き合ってますっていう挨拶だけしに行きたいって言ったんだよ」
「それも重いよ。お兄ちゃんって変なとこ真面目。真面目過ぎて引く」
「うるさいな」
「あーあ。なんかトリプル失恋って感じ。私今日最悪の日だ」
萌黄は大きなため息をついて、再びテーブルへ突っ伏す。
相変わらず感情表現が豊かというか、見ていて飽きない。
食べ終わったところで、父さんがやって来た。すでに時間は二十二時をまわり、母は店の外回りを閉店仕様に変えている。
「浅黄、俺に話があるって?」
「うん」
「わかった。萌、悪いけどこれ洗って」
俺が食べたお椀を父に渡され、萌黄はまずます不機嫌顔だ。
「なんで私」
「お前、今日営業妨害してただろ。罰だ、罰」
「泣いてた娘にそんなこと思ってたわけ、ひどいお父さん」
父と萌黄の言い合いは、遠慮がなくておもしろい。
結局、萌黄はお椀をもって厨房へと下がっていく。代わりに、父さんが俺の目の前に座った。



