「……なあ」
本部長の声に我に返る。
「俺がなぜお前を主任に推したのかわかるか?」
「……入社時の約束を守ろうとしてくれているのかと」
本部長は頷き、右手を挙げて指を二つ折った。
「それだけなら別に上を立ててお前を構成員の一員にしても良かった。そうしなかったのは、お前がそろそろ変わらなきゃだめだと思ったからだよ。上に立てば、逃げずに相手と向き合わなきゃならないタイミングが必ず来る。阿賀野と瀬川、お前にないものを持ったあのふたりの存在が、お前にいい影響を与えるはずだって思ったから」
「俺に……ないものですか?」
「阿賀野のような遊び心も、瀬川のような意思の強さも、お前にはないだろ」
「……それは……」
俺が口ごもると、本部長はパンと音が鳴るくらいの強さで、膝に手を戻した。
「いいか、馬場。仕事はひとりじゃできない。お前は誰からの頼みも断らないが、自分が頼むのがへたくそだ。あのふたりのことを、もっとよく見てみろ。お前にない部分が多くある。あいつらも不完全だが、お前も不完全なんだ。全員が不得意を補い、得意を生かすことで仕事というものは成功に導ける。ちゃんと目を見開いて、真剣に仲間と語らいあえば、得られるものがある。そういう環境を俺はつくってやったつもりだ」
「……本部長」
「もういいぞ。今日は帰って、ちょっと頭を整理しろ」
田中本部長から解放された俺は、彼がそこまで俺のことを理解していてくれたことにも真面目にいろいろ考えていたということにも驚きを隠せなかった。
いつもふざけているけど、やはりその立場にいるだけのことはある。
じゃあ俺は……?
主任なんて肩書をもらっているけれど、本当に部下のことを分かっているのか?



