「お前、美麗との結婚、断ったんだってな」


内容はそれなりに重いものだと思うのに、本部長はなぜかニヤニヤ笑っている。


「……聞いたんですか」

「ああ。専務がイライラしていて面白かったぞ」

「笑い事ではないですけどね」


呆れたように答えると、本部長に気にした様子はない。むしろもっと楽しそうにがははと笑った。


「なんでだよ。美麗は美人だし、気は強いけど一本気があるいい女だぞ。まあ専務はちょっと野心家だから面倒だけど、話としちゃ悪くないと思うけどな」

「田中さんがいい人なことは知っています。だからこそ、中途半端なことはしては傷つける」

「中途半端ねぇ……。あの子か? 遠山に聞いたけど、あの派遣の子にはちょっと態度違うんだって? お前」


社内の噂話に精通していた遠山さんは、本部長の情報源だ。
退職は残念だと思いつつも、地味に監視されているような環境から脱却できることにはホッとしていたのに。
にやにやする本部長に、自然に眉根が寄ってしまう。
ある意味、俺にこんな顔をさせるのはこの人くらいしかいない。


「仲道さんは昔一度だけ会ったことがあるので。知り合いだから気やすいんですよ」

「一度会っただけなら他人だろうよ。お前日本語大丈夫?」


ああ、神経が刺激される。話していてここまでイライラさせてくる人も珍しい。


「俺は日本生まれの日本育ちです。大丈夫に決まってます。親同士が知り合いなんだから知り合いでしょう!」

「そうかな。一度きりで終わった関係なら、ただの他人だよ。それを親し気である理由にするのは、お前が彼女と特別な間柄を望んでいるからだ」