『兄貴!!』

不意に頭上から聞こえた声に、少年はハッとして少女の腕から、卵を取り上げる。

殺さなくてもいい。確かに、自己満足で命を奪ったりしないのは、少年自身の誓いだ。

「……」

「ティア!」

少年はティアを抱えたまま、近くへと降りてきた龍へ飛び乗る。

「お前はここから去れ。お前のその度胸に免じて、命は取らない…………行け!」

『はいよー!』

龍の体が浮き上がると、レインは足がもつれながらも立ち上がり、這いずるように走る。

まるで、姉が死んだあの日のように。

(やだ……やだ!姉さんやクックレオのように、目の前の大切なものを失うなんて……嫌だ……そんなの……)

「駄目ぇぇぇぇぇ!!!」

力の限り叫び、地面を蹴り飛ばしてレインは飛び上がった。

その事に少年も龍もギョッとする。

少女は龍の足の爪へと抱きつくと、少年を見上げた。

龍の体はもう高く浮いてしまっている。今手を離したら、確実に無事ではすまないだろう。

『うわわ!何なんだよこの子?!』

「……」

龍の疑問に答えず、少年はレインを見下ろす。対するレインも少年をジッと見上げた。

風のせいで、体がずり落ちそうになるが、爪を立てて上へと手を伸ばす。

「ティアを、私の大切な子を……返して!!」

ツルツルと滑る爪をよじ登るのは困難で、背中がヒヤッと震える。

それでも、レインは諦めない。

「……どうして、そこまで……」

「もう、誰も失いたくないの!ティア!ティアー!」

「……っ」

届かないと分かっていながら、レインの必死にこちらへと手を伸ばす姿に、少年は呆れたような、戸惑ったような表情を浮かべた。

そして、小さく息を吐く。

「………ほら」

少年は身を乗りだし、レインへと手を伸ばす。

「………」

少年の考えが読めないレインは、どこか困惑したように少年を見上げた。

「……仕方ないから、お前の話くらいはちゃんと聞いてやる。それによっては、こいつを返してやってもいい」

「……本当?」

「………」

レインの泣きそうな顔と声に、少年は無言で頷いた。

レインが少年へと手を伸ばすと、少年もまた前へと乗り出す。

指先が触れようとしたその時―。

「!!」

少年の腕から、ティアがすり抜けた。

その瞬間、レインはティアへと身を乗り出す。

「ティアー!!」

レインはティアを抱き止めると、そのまま下へと落ちていく。

「!あの馬鹿!」

少年の声は、レインには届かなかった。


物凄い風が背中を叩き、短い髪は頬や瞼を叩きながら舞い上がる。

服はビラビラと音をたて、レインは嫌でも落ちていると実感した。

(私……死ぬの?……)

ぎゅっとティアを包み込むように体を丸め、目を閉じて終わりが来るのを待つ。

(………ティアだけは……助けて……)

レインの意識が、恐怖から薄れていく。

すると―。

「戒めの風よ、揺りかごとなりて包んでおくれ」

柔らかな男性の声が、レインの耳に届くと、ふわりと体が軽くなり、頬や瞼を叩く感覚も、風を切るような不快な音も消えた。

そして、温かな体温に包まれる。

「……無茶をしたね」

最後に見たのは、銀色の髪と、紫色の瞳だった。