きみとなら、雨に濡れたい




「美憂がいなくなって一年なんて、本当にまだ信じられないわ」


もしかしたらお母さんは寂しさから、仕事を忙しくさせているのかもしれない。

お母さんにとって美憂は宝物だったから。それを証拠にリビングには美憂の写真がいっぱい飾られてある。 


まだ産まれて間もない写真や、初めてお座りができた時。立てるようになりカメラに向かって歩く姿や、ご飯中に寝てしまったものまである。


大切で仕方なかったのだろう。

お母さんは健康に産んであげられなかったことをずっと悔やんでた。

だから、一時も目を離さずに美憂を育てた。

とっても美しくて愛情がある家族の形。他人だったら素直にそう思えたと思う。


でも私も、お母さんの子どもだった。

愛情深く育てられている美憂の隣にいて、その愛情に嫉妬してた。


「ねえ、お母さん」

言っちゃいけない。言ったらなにかが崩壊する。

それでもいまだに消化できていないこの気持ちはもう、自分の中だけでは抑えきれないのだ。



「本当は、美憂じゃなくて私が病気だったらよかったでしょ?」

病気の美憂だから愛されてたわけじゃない。私とは違って人に愛される才能を美憂は持ってた。

だから、私がなればよかったんだ。

双子として同じ遺伝子を持つ存在ならば、美憂じゃなくて私でよかったのに。