「これをあげるから、使って。早く家に帰った方がいい。風邪を引いてしまう」
この様子じゃ、俺と会話をする気は無いだろうと、蹲ってる彼女の傍らに傘を置いて立ち去ろうとすると、小さな声が俺を引き止めた。
「……さん?」
限りなく、小さな声。
雨音に負けそうなくらい、ひ弱な声で声を掛けられるので、俺はぱたりと足を止めて彼女の…後頭部辺りを見つめた。
「え?」
俺の不安定な返事に、漸く顔を上げた彼女は、見知った顔だった。
「かきたさ、ん…ですよね?」
「きみは…」
そこにいたのは、いつも必ず行くカフェのウェイトレスをしている子だった。
「あの店の…?」
こくり、彼女は黙ったまま頷いた。
その様にどことなく安堵したのは、きっと…あのまま消えてしまうんじゃないかと思った存在が、目の前で確かな温もりを帯びたせいかもしれない。
「どうしたの?こんな所で…?」
俺の問い掛けに対して、彼女はゆらりと立ち上がり、俺が置いた傘を手渡して来た。
「垣田さん、風邪引いちゃいますよ…?」
はぐらかされたのかと思ったけれど、人には誰でも言い難いこと、話したくないことはある。
それを熟知しているからこそ、俺はにこりと微笑んで向けられた傘をもう一度彼女の頭上にかざす。
「俺は大丈夫。それよりきみの方が心配だよ。何時から此処にいたのかは知らないけど、女の子が体を冷やすのは良くないよ?」
少し発言がオヤジ臭かっただろうか?
そう思っていると、彼女はふるふると首を振って来る。
「垣田さんの方が、心配…です」



