伯爵令妹の恋は憂鬱



「冗談だよ。暇ならこれから屋敷に来ないかい? いいリンゴが手に入ったから、アップルパイを焼いてもらおうと思っていたんだ」


老獪な笑顔に引き付けられたのはミフェルのほうだ。遠慮するアンネマリーを押しのけ、気が付いたら「行く」と言っていた。アンネマリーに「なんで私たちだけで御呼ばれなんてしちゃうのよ」と睨まれたことはしっかり記憶している。

だが、ちゃんと話してみると、この老齢の女性はアンネマリーにとっても面白い人だった。何せクレムラート家の本邸にいたときは、王城の夜会に出席したり、サロンを開いたりと社交の中心にいるような人物だったのだ。

それから、たびたび双子に茶会への誘いがあり、二人そろって別荘を訪れることが多くなった。
リタは作法にはうるさく、アンネマリーには正しい所作や夜会でのふるまいを伝授した。ミフェルに対してもそういったことを教えようとしていたが、ミフェルはそれをうるさがって、聞き流していた。


「うるさいなぁ。いいんだよ、僕はどうせ次男なんだから。領地の端にでも屋敷を建ててもらってそこで隠居するんだ」

「おや、生意気だね。父親が生きている間はそれでもいいよ。死んだら兄が援助してくれると思うかい? 自分で人脈を作らないとお前のところのじいさんのようになってしまうよ」


当時のアンドロシュ子爵家の当主、ミフェルらの祖父は引きこもりで有名だった。孫にも会いに来ようとしない祖父を、ミフェルは好きではなかったので、彼のようになるといわれると嫌な気分になった。


「せっかく継承戦争の英雄の家系だっていうのにねぇ。祖先が泣きますよ」

「知らないよ。幽霊に泣かれたって別に困らない」


ミフェルはリタの言うことに反抗してばかりだったが、なぜかリタは嬉しそうだった。歯向かってくるミフェルをからかうのが楽しいと言わんばかりに笑顔を見せる。