伯爵令妹の恋は憂鬱


もし本当に結婚なんて話になったら、困る。
好きな人に嫁げないというだけじゃなく、ミフェルとではうまく息ができない。ただ母の望むように生きた幼少期のように、自分の考えを表にも出せず、黙って彼の言葉に従って生きていかなければならない。

(トマスもいないところで……?)

その思い付きに、背中がひやりとした。だけど、結婚となれば通常、男の従者は連れていけないだろう。
トマスがいなくなると考えただけで、マルティナは血が下がる感覚に襲われる。足元が空洞になったみたいに心もとなく、足が震えてくる。


「行かない。……行きません、お嫁になんて……!」

「マルティナ様?」


耳を押さえるようにして震えだしたマルティナを、トマスが柔らかい毛布のようにそっと抱きしめた。


「落ち着いて。……すみません。変なことを聞きました」


トマスのにおいに包まれて、彼の心音が聞こえる。トマスがポンポンと背中をたたいてくれるので、荒くなった息がそれに合わせるように整ってきた。
一度大きく息を吐き出して、彼の胸から顔を上げる。


「ごめんなさい。考えたら急に怖くなって」

「決まってもいない話で不安にさせてしまいました。……大丈夫ですよ。マルティナ様のことはフリード様がちゃんと守ってくださるはずですから」

「……うん」


トマスはしばらく彼女の背中をさすった後、空気を一新するように朗らかな調子に戻った。


「さ、フリード様が待っておられますね。行きましょうか」


落ちたクマのぬいぐるみを拾い上げ、彼女の腕に持たせる。


「……ええ」


マルティナも頷いて先を急いだ。