マルティナは自分に与えられた部屋から、クマのぬいぐるみを取ってきた。
ここに来た最初の日に、物置代わりの部屋にあったといって、トマスがくれたもの。
ひらめいたことが嬉しくて、ギュッと握りしめてトマスを見上げる。
「これですよね、きっと。お兄様とおばあさまの思い出の品」
「そうですね。この屋敷で子供向けのものと言ったらこれくらいですし」
「お兄様にもぬいぐるみを抱きしめるときがあったとしたらなんだか可愛らしいですね」
ぬいぐるみを抱きしめたまま、マルティナは意気揚々と戻ろうとする。その背中に、トマスはぽつりと問いかけた。
「もし、……本当にその遺書にミフェル様との結婚の内容が盛り込まれていたとしたらどうします?」
「え?」
あれはミフェルが勝手に言っていたことだ、とマルティナは思っていた。
リタとマルティナにはほぼ接点がないし、実の孫だと認めていないはずだ。遺書にそんな内容を書いたとしたら、マルティナがクレムラート家の身内だと認めることになる。
むしろ遺書を見つけることは、ミフェルの思い付きを止めることになると思っている。
「そんなことはないと思います。リタ様にとって、私は孫ではなかったでしょうし」
「そうですよね。……でも」
「もしそうだとしても、ミフェル様は苦手です。一緒にいると怖くて何も話せなくなるし」
目を伏せ、マルティナは考える。



