伯爵令妹の恋は憂鬱




フリードの登場により、場の主導権は完全にフリードのほうへといってしまった。
それでもマルティナはミフェルのことが怖い。トマスにも一緒に来るように頼み、腕にしがみつくようにして歩いている。


「……その従者、ちょっと親しすぎじゃないの?」


横目で見ながら、文句を言うのはミフェルだ。


「そうか? いつもこんなものだが」とフリードはあまり取り合わない。


「大体、年頃の令嬢にそんな大型犬を引っ付けているのはおかしいだろ。こいつにかわいい妹が襲われたらどうすんだよ、伯爵様」


マルティナは眉を寄せる。変なことを吹き込まないでほしい。しかもトマスを犬に例えるなんて。
しかし、フリードのほうは表情を変えず、冷静に応対する。


「トマスはそんなことはしない。襲う襲わないで言えば、君のほうが危なさそうだな」

「しっつれーだな、伯爵様」

「君に言えた義理はないだろう。人の別荘でいろいろ引っ掻き回しているようだし」

「ちぇ。伯爵、なんだかんだとリタ様に似てるよね。言いにくいことはっきり言うところとかそっくり」

「……それはうれしくないな」


いつの間にか、ミフェルとフリードの間には気兼ねない会話が交わされるようになっていた。ミフェルは人の懐に入るのが上手なのかもしれない。
敬意そっちのけの会話だがフリードはそれほど嫌そうでもなく、むしろ彼の痛いところをつっこんで喜んでいる節がある。

このまま兄が彼を気に入って、本当に結婚の話になんかなったら困る。マルティナの不安は増すばかりだ。
トマスはマルティナの不安を察してかやさしく背中をたたいてくれたが、表情は硬く、唇を引き結んだまま何も言わなかった。