「お兄様! どうしたんですか?」

「やあマルティナ。ご苦労だったな。報告を見てちょっと気になることがあってね」


マルティナが階段を駆け下りていくのを見つめながら、フリードは外套をカスパーに預けた。
両手を広げて迎えてくれるフリードに、マルティナはゆっくりと抱きつく。


「……お兄様は忙しくて来られないと思ってました」

「ああ、もちろん、できるだけ早く戻るつもりでいるよ。でも、こっちだって大事には変わりないからな」


フリードの返答にほっとする。トマスの言ったとおりだ。フリードには大事なものが増えただけ。決してそれまであったものをないがしろにしているわけじゃない。

ふたりが軽い抱擁を終え離れるころ、一階の奥も来客に気づいた使用人たちの声で騒がしくなる。
ミフェルはフリードの存在を確認すると、ひゅうと軽く口笛を吹きながら悠々と階段を降り、彼に対峙する。


「これはこれは、フリード様。ご不在のところお邪魔しておりました。はじめまして。アンドロシュ子爵エーリヒの息子、ミフェルと申します」


一方、一階の広間から慌てたように出てきたのはアンネマリーだ。フリードを見るなり恐縮したように背筋を伸ばし、ドレスの裾をつまんで深々と礼をする。


「は、伯爵様。私、アンドロシュ子爵家のアンネマリーと申します。お邪魔しておりましたわ」


別方向からの客人の登場に、フリードはどちらをむいたらいいものか迷いつつ、マルティナを隣に置き、正面を向かせてから笑顔で返した。


「ようこそ。マルティナのお客人かな? クレムラート伯爵フリードだ。俺も一緒に話に加えていただこうかな」