「単に、後継ぎという意味で男性のフリード様だけを言っていたのでしょう。ミフェル様。お嬢様を脅すような言い方はやめてください」


マルティナを背中に隠すように、トマスが体をふたりの間に滑り込ませる。


「おっと、君は使用人のわりに出しゃばりだね」

「マルティナ様を守るのが私の仕事です」

「守る……ねぇ。……君に……使用人風情に何が守れるんだか知らないけどさ。ああ大丈夫。別に脅すつもりじゃないんだ。マルティナがリタ様の実の孫じゃないことは、聞いて知っていたんだよ。愛人の子の娘をフリード様が妹として迎えたことで、最終的にフリード様とは決別したってことも」

「……!」


ではミフェルは最初から、マルティナがリタの本当の孫ではないことを知っていたのだ。
マルティナの顔が青ざめたのを見て、ミフェルはまずます笑みを深くした。


「あ、知っているのは僕だけだよ。アンネマリーには教えてない。それに、僕はばらすつもりもないから心配しないで」

「……でも」

「君の生まれがばれたら、クレムラート家は困るよね。君自身も、嫁の貰い手がなくなる。私生児を娶るなんて恥だって思う貴族が大半だからね。でも僕はそんなこと気にしないよ。どうせ子爵家を継ぐのは兄だし、僕はある程度の資産をもらってあとは自由の身だし」


にやりと笑いながら、ミフェルはトマスを押しのける。ピクリとも動きはしなかったが、相手が子爵家の子息ということで、トマスは一歩右にずれる。

後ろに隠れていたマルティナは面と向かってミフェルと対峙することになり、不安を感じてトマスの服の袖を握り締めた。