ディルクとトマスはそれぞれ馬に乗り、マルティナとローゼは馬車に乗った。
相変わらず出る間際まで赤ん坊の泣き声が響き渡り、見送りのフリードは気が気じゃない様子だ。窓を見上げれば、赤子を腕に抱えたエミーリアが馬車に向かって手を振っている。

「エミーリア様の赤ちゃん、見たかったなぁ」

馬車の中で、足を揺らしながらローゼがつぶやく。そして、マルティナの前だったことを思い出したように、慌てて背筋を伸ばして「や、えっと、見たかったです」と言い直した。

「ローゼ、気楽にしていていいです。ここにはふたりだけだし。……赤ちゃんの名前、エルナというんですよ。私も一度しか見れていないの。もうすこし大きくなるまでは、衛生上あまり人に会わせないほうがいいんですって」

「そうなんですね」

マルティナは素でかしこまった言葉を使うのだし、あまり気にせず気楽に話してほしかった。だが、一度気になってしまったら戻せないのだろう。砕けた雰囲気はあれど、彼女の口調は丁寧語を主体とするものになってしまった。

一瞬馬車内が静まってしまって、マルティナは焦ったが、ローゼは気を取り直したように笑った。

「でも、今回ご一緒させてもらえてうれしかったです。夫の仕事についていけるなんてことなかなかありませんもの」

「私も、ローゼが来てくれてうれしいです」

ふたりは顔を見合わせ、ふふふ、と笑う。

ローゼは今でこそ男爵夫人だが、もとは庶民だ。マルティナも伯爵家の私生児とはいえ、幼少期の暮らしぶりは質素なものだった。そういう意味で、ふたりともが貴族の作法に疎い。マルティナは安心して気を抜くことができた。