マルティナが着替える間、トマスは自身の着替えを早々に終え、ぼうっと外を見ていた。
まだ本調子ではないようで、マルティナは心配になる。
「トマス、大丈夫ですか?」
「うん。昨日珍しく飲みすぎた。ベレ伯爵はすごいよ。樽で飲んでも酔わなさそうだった……」
ボヤきつつ、トマスは彼女の手を握り、歩き出す。
「昨日はほったらかしにしちゃってごめん」
優しいまなざしで微笑まれ、単純にもマルティナのいじけていた気持ちが解けていく。
湿り気を含んだ空気に、強い日差し。
ベレ領の空気は、クレムラート領とはだいぶ違う。使用人に「慣れない方は肌が焼けますから」と渡されたストールで肩から腕をおおっているが、暑くてすぐに汗ばんでしまう。
緩やかな坂道を下っていくと、潮のにおいが先ほどよりきつくなり、やがて目の前に砂浜が広がった。
泡を含んで打ち寄せる波。遠くまで広がる真っ青な海面。マルティナは初めて見る景色に胸が躍った。
「うわあ、海です。すごい!」
靴を脱ぎ、砂浜を歩くと、きゅきゅと音がする。波は彼女の足を足首まで濡らし、周りの砂をさらっていく。
初めて体験する感触にはしゃぐマルティナを、トマスが目を細めて見ていた。
「トマスもどうですか? 波! おもしろいです」
「うん」
ズボンの裾を折り、波に足をつける。
「水が気持ちいいですよね」
と無邪気に笑ったマルティナは、次の瞬間トマスに抱きすくめられていた。
「……え?」
「我慢しすぎて訳が分からなくなってきた」
足には何度も波が打ち付けてくる。自分たちの足がのっているところだけ砂が残り、体のバランスを保てなくなったマルティナは、ますます彼に寄りかかる。



