「ところで、ディルク殿から聞いたんだが、お前、まだマルティナ殿に手を出してないそうじゃないか。相変わらず我慢するのが好きな男だなと、悪いが俺は笑ってしまったよ」


くっくっとこらえ切れなくなったようにギュンターが笑う。


「なっ、ディルク様、何を話して……!」

「ああいう目端の利く男の家で、独りごとは言わないほうがいいぞ。まあでもお前らしいと言えばお前らしい。そういう男だから、俺だって安心してエミーリアを任せていたんだ。……でな、まあ我慢強いお前に、俺から褒美をやろうと思ってな」

「褒美?」


渡されたのはギュンターの奥方の実家があるベレ領への地図だ。


「地図……ですか?」

「義父上にお願いして、ベレ領の別荘地を一週間借りたんだ。海に面しているから、なかなか内陸では見られない風景が見られるぞ。奥方を連れて行ってやるといい」

「え? 私にですか?」


驚くトマスの肩をフリードが抱く。


「ほかに誰がいるんだ。仕事はディルクに任せて、しばらくゆっくりしてくるといい。聞けば、マルティナは新婚旅行を断ったというじゃないか。どうぜ、新居の改築費用のため……とか思っているんだろうが、新婚旅行くらい楽しんだって罰はあたらない。俺からは旅行用に豪華な馬車を貸し出してやる。ふたりで楽しんで来い」


トマスは地図をもう一度見つめた。


「ありがとうございます。なんか、みんなに助けられてばかりですね」


トマスは感極まって頭を下げる。


「気にするなよ。そうさせたいと思わせるのはお前の力だろ」

「そんなわけで、濃密な休暇を楽しんでくるといいよ」


ギュンターは片目をつぶり、フリードと顔を見合わせてほほ笑んだ。