「心配なさらなくても、書類のほとんどは私も一緒に確認します。ただ、伯爵家の人間の立ち合いなしで私が書類を見るわけにはいきません。マルティナ様には、クレムラート家の代表として、私が不審な行動をしないか見張ってくださればよいのです」
「ディルクがそんなことするわけないわ」
なにせフリードとディルクは、昔からの親友同士なのだ。ふたりが信頼しあっているかを疑う人間など、クレムラート家にはいない。
「わかる人はそう思われるでしょうけど、少なからず邪推する人間もいるものですよ。その対応策として、マルティナ様に来ていただきたいんです」
そう言われれば、マルティナも断るわけにはいかない。
ただでさえ、兄には世話になっているのだ。恩を返せると思えば、頑張るしかない。
「わ、わかりました。……あの、トマスも、一緒に来てくれますか?」
「お前が望むならそう命令しよう。……いいか? トマス」
「はい」
微笑を浮かべ頷くトマスに、マルティナはホッとしつつも心配にもなる。
(私、わがままだと思われてないかな)
どこに行くにもトマスと一緒にいたがるマルティナのことを、周囲がどう思っているのだろう、というのは最近のマルティナの心配ごとだ。
屋敷に来た当初は、誰もが父親代わりに懐いているのだろうと思っていたに違いない。
しかし、もうマルティナは十六歳になるのだ。メラニーやエミーリアからは女性としてのふるまいをするよう、時折言われるようになった。
それはむやみにトマスに抱き着いてはいけないということで、マルティナはどうしたらいいのかわからなくなる。
トマスと離されるくらいなら、子供のままでいたい。でも彼には女性としてみてもらいたい。
そんな葛藤に常に悩まされている。



