それから一週間して、トマスとマルティナは、フリードの執務室に呼び出された。

フリードはフットワークが軽く、用があるならば自分から出向いてくることのほうが多い。マルティナが執務室に呼ばれることなどこれまでほぼなかったので、挙動不審になってあたりを見回した。


「来たな。まあ座れ。頼みがあるんだ」


フリードの傍には、今は別の屋敷に住んでいるディルクもいた。
彼は、ドーレ男爵家の当主となった今も、フリードの補佐として、クレムラート領内のことを管理している。
その彼が、書類を手にマルティナに言い含めるように言った。


「リタ様の遺産整理をしなくてはならないのです」

「遺産……ですか?」


なんの相談かとマルティナは意味が分からず兄をすがるように見つめる。
フリードは補足するように付け足した。


「ああ。北の別荘地だけは、祖父が死んだときにおばあさまの名義なっているはずなんだ。ほかにもおばあさまが自分で投資をしていないか、どこかに預けた金銭はないかなど、あの屋敷の書類を洗いざらい確認しなければならない。……だが、今エミーリアがあの状態だ。俺としてはしばらくは屋敷を離れたくないんだよ。だから悪いんだが、マルティナ、俺の代理人という形で、ディルクとともに北の別荘地へ行ってくれないか」

「私が?」


マルティナにとっては戸惑いしかない。あわあわしていると、ディルクが安心させるようにほほ笑んだ。