大柄でしっかりした体格、つんつんの茶色の髪をもつトマスは、もともとはエミーリアの従者で、彼女の実家のベルンシュタイン領出身だ。
結婚したエミーリアについて、ここクレムラート領に来た彼は、最初はエミーリアの愛人ではないかとさえ噂さされていたらしい。
実際には、トマスとエミーリアの関係は兄妹に近く、幼馴染なのだとエミーリアも語っていた。
エミーリアが落ち着き、自領に帰ろうとしたトマスをマルティナ付きの従者に任命したのはフリードだ。
きっと兄には嫉妬もあっただろうとマルティナは思う。フリードとエミーリアは確かに仲がいいが、トマスとの間のそれとはまた質が違う。馴染みのものといるときのくつろぎの空気が、ふたりの間にはあるのだ。
それがわかるようになったのは、マルティナも時折、嫉妬めいた感情を抱えてしまうからだ。
マルティナは、ずっと男の子として育てられていた。
マルティナの母が、正式に結婚していないアルベルトの心を引き付けるために行っていたことだったが、性別さえ否定されて生きてきたマルティナは、自分への自信があまりない。
父さえ騙しているという意識は、マルティナをオドオドとさせたし、何も知らない父は、マルティナがおびえた態度をとることを情けないと叱責した。



