「でもその絵に触っちゃダメだよ。買い手が決まってるんだ」
「え、買い手ですか?」
危ない。言われなければ手を伸ばしてしまうところだった。
「俺の絵が欲しいって物好きな人もいるんだよね。俺はあげてもいいんだけどお金を払って買ったってことが一種のステータスなのかな」
「それはステータスじゃなくて、単純に先輩の絵にお金を払う価値があるからですよ」
「うーん。そうなの?自分の絵なんて消化できない黒いものを外に吐き出してる感覚なんだけど」
「そんなに先輩の中には黒いものがあるんですか?」
「あるから、こんなに増えちゃうんだよ」と、先輩は部屋中のキャンバスを見渡す。
描き殴られたような絵もあれば、繊細できっちりと模写された絵もある。その日の感情、その時の気分で先輩は絵を描いているのだろう。
「……先輩って、絵を描くこと好きですよね?」
気づくと私はそんなことを聞いていた。
こんなに溢れるほどキャンバスがあるんだから好きに決まっているのに。どうしてか先輩はこの中の絵をどれも好きで描いていないように感じたのだ。
「けっこうなつめは鋭いね」
先輩が困ったように頬を掻く。



