今年は例年よりも梅雨入りが早いらしい。確かにまだ6月にもなっていないというのに、ここのところは雨続きだ。
雨が無ければないで困るが、雨ばかりでも気が滅入る。
それはご挨拶に出向いてからすぐ2週間ほど経ってのことだった。珍しく千夜ちゃんが会社を休んでいる。
今日も外は雨が降っていた。
「芦原さん、どうしたんです?」
「いやぁ。今朝電話があって、体調不良でって言ってたよ」
いつも早くに出勤している千夜ちゃんが来ていないことが気になって同僚に聞けばその返答。
まぁ体調不良は誰にでもあることだ。
「なに?芦原ちゃん気になるの?」
などとニヤニヤ笑う同僚に「妹になるかもしれない子は気遣うでしょ」と、本当のことを零せば目を丸くして驚いていた。
「いやぁ、世間って狭いなぁ」
それは僕もそう思う。頷きながら仕事に取り掛かろうとしたところで、携帯がメールの着信を告げた。
見ればそれは陽奈子からで、仕事終わりに総合病院へと来てほしいと病室が記載されていた。
胸騒ぎを覚えるには十分だった。
正直この日、仕事でミスをしなかったことは奇跡かもしれない。それくらい記憶は曖昧だ。
病院は静かで、寒々しく感じる。
夏が来る前のじとじとした季節特有の空気の重さも相まって気持ちは沈む。
悪い予感ばかりが過るのはずっと懸念していたからだ。
痩せた身体、細くなっている食、長引く胃痛。
考えすぎであってほしい。
僕はただの一般人だから、医療のことはよく分からないけれど、ストレス性の胃潰瘍だとか胃炎だとか。
美味しいものが大好きだった陽奈子が過度なダイエットなどするはずも無いから、気になっていたのに。
わざわざ病院に来てほしいっていうのはメールで告げられない何かがそこにあるのか?
いや、いたずらっ子の陽奈子だからもしかしてドッキリなんじゃないか?
悪い方へ引っ張られる思考を無理やり引き剥がしながら病室へ向かう。
名札を確認して入ると、そこは4人部屋だった。
突き当たり、窓際に陽奈子はいた。
未使用のベッドがふたつ、使われた形跡のある斜向いの人はちょうど外出中だった。
「陽奈子、来たよ」
震えそうになる声を抑えて、声をかける。
振り返った陽奈子は、いつも通りの明るい笑顔で迎えてくれる。
本当にいつも通りの、けれど、その瞳に今は不思議に強い光がある。
カーテンを閉めて空間を仕切ると、椅子を進められたので腰掛けた。
「仕事お疲れ様。ごめんね、わざわざ来てもらって」
「ありがとう。別になんてことないよ」
拗ねたようにため息をついて、陽奈子は核心に触れる。
「ごめんね、学くん。さくらんぼ狩り行けなくなっちゃった」
面会の時間は決まっているし、仕事帰りの僕に気を使ってくれているのだろうと推測する。
そんなことを考えられる冷静さがあるようで、実はそうではない。これは現実逃避だ。聞き入れたくない事実を頭が拒否している。
「胃癌、だったって。でもね、ごめんけど、別れてほしいなんて思ってないから。……絶対に負けないから、だから、一緒に闘ってください」
青天の霹靂とは、こういう事なのかと僕はその時思っていた。
雨が無ければないで困るが、雨ばかりでも気が滅入る。
それはご挨拶に出向いてからすぐ2週間ほど経ってのことだった。珍しく千夜ちゃんが会社を休んでいる。
今日も外は雨が降っていた。
「芦原さん、どうしたんです?」
「いやぁ。今朝電話があって、体調不良でって言ってたよ」
いつも早くに出勤している千夜ちゃんが来ていないことが気になって同僚に聞けばその返答。
まぁ体調不良は誰にでもあることだ。
「なに?芦原ちゃん気になるの?」
などとニヤニヤ笑う同僚に「妹になるかもしれない子は気遣うでしょ」と、本当のことを零せば目を丸くして驚いていた。
「いやぁ、世間って狭いなぁ」
それは僕もそう思う。頷きながら仕事に取り掛かろうとしたところで、携帯がメールの着信を告げた。
見ればそれは陽奈子からで、仕事終わりに総合病院へと来てほしいと病室が記載されていた。
胸騒ぎを覚えるには十分だった。
正直この日、仕事でミスをしなかったことは奇跡かもしれない。それくらい記憶は曖昧だ。
病院は静かで、寒々しく感じる。
夏が来る前のじとじとした季節特有の空気の重さも相まって気持ちは沈む。
悪い予感ばかりが過るのはずっと懸念していたからだ。
痩せた身体、細くなっている食、長引く胃痛。
考えすぎであってほしい。
僕はただの一般人だから、医療のことはよく分からないけれど、ストレス性の胃潰瘍だとか胃炎だとか。
美味しいものが大好きだった陽奈子が過度なダイエットなどするはずも無いから、気になっていたのに。
わざわざ病院に来てほしいっていうのはメールで告げられない何かがそこにあるのか?
いや、いたずらっ子の陽奈子だからもしかしてドッキリなんじゃないか?
悪い方へ引っ張られる思考を無理やり引き剥がしながら病室へ向かう。
名札を確認して入ると、そこは4人部屋だった。
突き当たり、窓際に陽奈子はいた。
未使用のベッドがふたつ、使われた形跡のある斜向いの人はちょうど外出中だった。
「陽奈子、来たよ」
震えそうになる声を抑えて、声をかける。
振り返った陽奈子は、いつも通りの明るい笑顔で迎えてくれる。
本当にいつも通りの、けれど、その瞳に今は不思議に強い光がある。
カーテンを閉めて空間を仕切ると、椅子を進められたので腰掛けた。
「仕事お疲れ様。ごめんね、わざわざ来てもらって」
「ありがとう。別になんてことないよ」
拗ねたようにため息をついて、陽奈子は核心に触れる。
「ごめんね、学くん。さくらんぼ狩り行けなくなっちゃった」
面会の時間は決まっているし、仕事帰りの僕に気を使ってくれているのだろうと推測する。
そんなことを考えられる冷静さがあるようで、実はそうではない。これは現実逃避だ。聞き入れたくない事実を頭が拒否している。
「胃癌、だったって。でもね、ごめんけど、別れてほしいなんて思ってないから。……絶対に負けないから、だから、一緒に闘ってください」
青天の霹靂とは、こういう事なのかと僕はその時思っていた。



