君と笑顔の日

「昨日検査結果がわかってね。ずっと胃が痛かった原因、コレだったぁ」

笑いながらあくまでも軽く話す陽奈子の、その奥にどれだけの葛藤を抱えているのかわからない。

「すごく、すごく負担かけると思う。普通だったら別れてって言うかもしれない。それが優しさとか、愛とか言うのかもしれない。でも私はっ」

語気が強くなり、堪えきれなくなった涙が雫になる。

「……私は、生きることを諦めない。負けないから、そこに、学くんが居てほしい」
「当たり前だろ」

そんなの、当たり前だろう。一緒に生きていきたいと思ってるんだよ、僕だって。

「癌は、今は治る病気だって言われてるんだろ?この先の長い人生、一緒にいるのなら病気の1つ2つお互いに経験もするさ。大丈夫、陽奈子はちゃんと治療することを考えて。そばにいるから」
「うん、うん。ありがとう」

安心したように涙を零す。
外は雨。夕暮れを映すことなく日は落ちて、闇の中で降り続いている。
泣き止んだ頃を見計らい、頭を撫でると笑顔が戻った。その唇にキスを落とすと、らしくないなと笑い合い、病室を出る。
その足で、僕は芦原家へと向かった。

どうしてもっと早くに病院に向かわせなかったのだろう。
気づいていたはずだ、食べたいと言っていたのに食べられない食欲不振、繰り返される胃痛。
何度でも言えばよかった。
大丈夫、なんて言葉を鵜呑みにしていた僕は馬鹿か?病院嫌いなんて言葉に共感した僕は馬鹿だ。
時が経てば痛みも軽減するだろう、いっときの事だろう、となぜ甘く見た?
癌は治る病気になりつつある。わかってる。完治した人も沢山いる。不治の病であった頃は一つ前の時代だ。
けれど、大病であることに違いはない。
僕は馬鹿だ。大馬鹿だ。


突然の訪問にも、芦原家のお父さんお母さんは快く受け入れてくれた。

「こんばんは」
「陽奈子のこと聞いたのね?」
「はい。……陽奈子は、」

助かる見込みはあるんですか、と。飛び出そうな言葉を飲み込む。
ご両親を前にあまりにも考えなしの言葉だ。

「スキルス胃癌。陽奈子はスキルスだという事までは知らないわ。私達も先生から聞いただけで、細かく理解はできてないけれど……」
「スキルス、ですか」
「進行ガンでね。根絶治療ができないのですって。ステージⅣ、余命も宣告されているわ」
「余命、宣告ですか……?」

お母さんは頷き、その瞳は潤んでいる。

「治療をして、もって半年ってね、先生から言われたわ」
「正直、悲しむより先に衝撃が強すぎてな」

お父さんとお母さんは、噛みしめるように言葉を次ぐけれど、憔悴しきっているのが伝わる。

「学くん。私には、陽奈子も知らない事実をあなたに話したことがいい事なのか、悪いことなのかわからない。そしてあなた達のことを見守るくらいしかできないから、どんな判断を下したって恨むつもりもないわ」
「まだまだ、若いんだから。陽奈子の手を離しても構わないんだよ」

自分たちも身を裂かれるほど辛いはずなのに、僕のことすら想ってくれる。ねえ陽奈子、君のご両親はとても素敵な人達だよ。

「僕は陽奈子さんを、愛しています。できることが無くても、彼女が僕を必要としてくれるなら傍に居たい」

素直な気持ちを吐露すると、ご両親は優しく笑ってくれた。それにすごく胸が軋んだ。
本当は懺悔したかった。
陽奈子にもっと病院に行ってと伝えればよかったと。食欲不振にも、胃痛にも気付いていたのに、と。
けれどそれはおそらく、僕より共に過ごす時間が長かったご家族も同じ。
言うに憚られることで、言ったところで気を使わせるだけの言葉で、僕はそれを飲み込んだ。

雨は、まだ止まない。