粗雑に涙を拭い、彼女は眉尻を下げて笑う。
もったいない。そう思った。


「……坂井くん?」


ただじっと彼女の顔を見つめ続ける俺に、目の前の瞳が不思議そうに問いかけてくる。


「ああ……ごめん。本当に大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう」


気丈に振舞う彼女に、それ以上踏み込むわけにもいかず。
暴れ狂う心臓を抑えようと努めつつ、俺はそのまま部屋へと向かった。


「おわっ、」


引き戸に手を掛けようとした時、ちょうど内側からそれが開く。
声の主は津山で、明るい茶色の毛先が普段よりも大人しく落ち着いていた。


「ああ、ごめん」

「いや……坂井、湯あたりでもした? 顔赤くね?」


首を傾げた津山が、言いつつ俺の顔を覗き込む。嘘を見破られたかのように心臓が跳ねた。


「え? そうかな。全然何ともないけど」


平静を装い、口角を上げてそう返す。
ふうん、と気の抜けた相槌を打って、津山が横をすり抜けた。


「あ、津山。他の部屋行くのはいいけど、消灯までにはちゃんと戻れよ」

「ほいほーい」


相変わらず、ふわふわ、ひらひらと掴みどころのないクラスメートだ。自分とはかけ離れたキャラクター。少しだけ、ほんの少しだけ苦手である。

ただ、もっと苦手なのは――


「水、飲む?」