男の拳が振り下ろされる瞬間。自分の中で何かが焼き切れた。


「な、」


津山に向かっていた男の拳を腕ごと引き留め、湧き上がった感情を絞り出す。


「だせえのはどっちだよ」

「ああ? てめえ――」


飛んできた拳を避ける。苛立ちに任せて男の頬に一発入れると、背後から「狼谷!」と津山の叫び声が聞こえた。


「やめろ、手ぇ出したら俺らも怒られるぞ!」


そんなことは分かっている。分かった上で、俺は自分の感情に素直に従った。

どうしても許せなかった。他人を貶めて悦に入る人間の顔は醜くて、いや、それよりも何よりも、


「こいつのこと何も知らないくせに好き勝手言ってんじゃねえよ」


津山は調子に乗りたいんじゃない。こんな格好をするのは、自身を変えたいからだ。詳しいことは知らないが、それぐらい俺にだって分かる。


「狼谷……」

「津山、学校に連絡」

「あ、わ、分かった!」


その後、俺たちはしっかり叱られた。
他校の生徒と殴り合い。その事実は尾ひれがついて噂となって広まり、いつしか俺は「気に食わなければすぐに手を出す不良」として校内で有名人になったのだが。