あまりにも突然の衝撃に、その場の空気が凍り付く。

殴った、のか。今この人は。
にわかに信じがたく、瞬きを忘れた。


「ちょ、ちょっとちょっと! さすがにやばいって! 先生まだ来ないの⁉」


切羽詰まった周りの声が耳を通り抜ける。

姿勢を戻した狼谷くんの右頬が赤い。ただじっと男子生徒に向かい合う彼には、反撃の様子は見られなかった。


「涼しい顔しやがって……!」

「やだっ、リョウくんやめて!」


左頬に更にもう一発。それをまた律義に避けることなく受けた狼谷くんは、少しだけ顔をしかめる。

そしてその唇が、ごめん、と。確かに動いたのを私は見た。


「あ、ちょっと君……!」


先ほど話しかけた彼が、駆け出した私に手を伸ばす。

再び振り上げられた拳が下りる寸前。狼谷くんの前に滑り込んで、両腕を広げた。


「なっ、」


こちらに向かっていた拳は勢い余って、私の耳の横を通り過ぎる。風を切ったその感覚に思わず目を瞑った。
恐る恐る瞼を持ち上げると、呆然とした表情で私を凝視する男子生徒と目が合って、ほっと胸を撫で下ろす。

私はゆっくり腕を下ろして、それから深く腰を折った。


「ごめんなさい!」