能ある狼は牙を隠す



そんなことはないんじゃないか、と口を開こうとした矢先、


「……犬飼くん!?」


彼は私の左手を取ると、目を閉じてその唇を押し当てた。
衝撃に体が固まる。


「白先輩は僕の全て……」


恍惚とした表情で私を見上げた彼の視線に、背筋が震えた。熱っぽい瞳が揺れて、彼の頬が上気する。


「二人だけの世界で、幸せになりましょう?」

「嫌っ、」


腰を上げて身を寄せてきた彼を、咄嗟に突っぱねる。
ささやかな抵抗だったけれど、彼の肩を押した私の腕に視線を落とした犬飼くんが、ぴたりと静止した。


「……『嫌』?」


ドスの効いた低音に、ひゅっと喉が締まる。


「あっ……ご、ごめん! あの、ちょっとびっくりして……」

「白先輩」


慌てて言い募る私を見下ろす犬飼くんの目は、どこか遠くを眺めているようにも感じた。


「どうして嫌なんですか? 僕が嫌ですか? 僕しか先輩を塵から守ることはできないんですよ?」

「ご、ごみって……」

「塵ですよ。先輩を穢すものは全て塵屑です。こんなに綺麗で尊い先輩を守るのは、当然の務めでしょう?」