肺が苦しい。
久しぶりに走ったからなのか、彼への想いがそうさせたのか。判断はつかなかった。

私の急いたような声に驚いたのだろうか。狼谷くんは振り返ると、その瞳を大きく見開く。


「狼谷く、……待って、」


息を整えるよりも先に話し出してしまい、単語が途切れ途切れに並んだ。

止まった彼の足にほっと胸を撫で下ろし、数秒肩を上下に揺らす。酸素が体内を回って、だいぶ落ち着いた。

私の様子を黙って観察していた狼谷くんは、僅かに首を傾げる。その表情をしばらく眺めて、久しぶりに目が合った、と涙腺が緩んだ。


「狼谷くん、おはようっ」


喉から湧き上がってくる熱を抑えようとすると、声が上擦った。

呆然と立ち尽くす狼谷くんに、私は内心笑ってしまう。
そりゃそうだよね。いきなりどうしたんだって。慌てて走ってきて、何か大事な用でもあったのかなって。そう思うよね。

でも私、自分でも分かんないんだよ。ただおはようって、それだけ言いたくて、ひたすら走ってきちゃったんだよ。


「……おはよう」


困ったように微笑んで、すぐに目を伏せた狼谷くんに。以前より素っ気ない挨拶に。

もう私は、取り返しのつかないところまできてしまったんだと、そう思った。