彼の手が伸びてくる。
それが頬に触れる寸前で、私は反射的に身を捩った。


「犬飼くん……どうしたの? おかしいよ。さっきから変――」

「おかしいのは先輩ですよ」


私の言葉を遮って、彼は真顔で言い放った。


「どうしてあんな男に近付くんです? クズで、穢らわしくて、薄っぺらい塵野郎じゃないですか。あんな薄汚れた手で先輩に触れるだなんて、言語道断だ」


まさか、狼谷くんのことを言っているのか、彼は。
そんな非人道的な罵詈が彼の口から飛び出したことが、信じられない。


「いいですか、先輩。優しいのは分かりますが、あんな糞にまで同情する必要は――」

「狼谷くんをそんな風に言わないで!」


勢い余って立ち上がる。
声を荒らげた私を、犬飼くんは愕然とした表情で見上げた。

喉の奥が、目頭が熱い。煮えたぎる激情が確かに自分の中に渦巻いている。


「どうしてそんなこと言うの……酷いよ。犬飼くん、何にも分かってない!」