そう訴えかけてくる彼の声は、とても苦しそうで。いっそ泣き出してしまいそうで。
泣きたいのはこっちだよ、と。投げやりにそう思った。

数秒私の顔を見つめていた狼谷くんは、おもむろに瞼を閉じる。
そして開いた瞬間、彼の顔付きが変わった。


「待って――狼谷くん、お願い、待って!」


だめだ、聞こえてない。
近付いてくる顔はまるで日本人形のように無表情で、掴まれた腕も痛い。

怖い。こんな狼谷くん知らない。知りたくなかった。
……ううん、きっと、私がこうさせた。

もうどこで間違ってしまったのかも分からない。どこからやり直せば、私たちは普通のクラスメートでいられたんだろう。

私がじゃんけんに勝っていれば良かった? 教室にお弁当箱を忘れなければ良かった? 具合が悪そうな狼谷くんに、声をかけなければ良かった?

そうすれば、私は狼谷くんと勉強会をすることも、カフェでお茶することも、花火も見ることもなかった。何事もなく、平穏無事に過ごせたんだ。

全部全部、なかったことにできたんだ――。


「……羊ちゃん」